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ゴルフウエアの新規ブランドが増加、コロナ禍でも活況の市場(上)

update: 2022/06/20

2000年代のゴルフウエアブームの 火付け役になった「パラディーゾ」。 宮里藍選手が着用していた

2000年代のゴルフウエアブームの
火付け役になった「パラディーゾ」。
宮里藍選手が着用していた

ゴルフウエアの新規ブランドの立ち上げが増えている。コロナ禍の中でもアウトドアと並び健闘しているゴルフ市場を意識した動きと言えるだろう。販路は、百貨店やゴルフ量販店、ゴルフ専門店といった既存のルートで展開する従来型のやり方ばかりではなく、Eコマースや自社店舗で販売するケースも散見される。その背景と大局をまとめた。

ファッションとして認知され始めた2000年代

2000年代のゴルフウエアのブームの火付け役と言えば、2003年が記憶に新しい。当時まだアマチュアだった宮里藍選手が国内女子プロのトーナメントで優勝し、大きな話題になった。彼女が着用していたゴルフウエアは、使用していたゴルフクラブと同じメーカーブリヂストンスポーツのものだった。

たちまち、引く手あまたの人気ブランドになった。同時期に活躍した横峯さくら選手の「マリクレール スポーツ」も人気ブランドになった。当時はプロゴルファーが着るウエアはゴルフ専門店で販売するのが普通だったが急遽、百貨店のゴルフウエア売り場に両ブランドが並べられた事もあった。既存の販路を越えて、新しい売り場にゴルフウエアが並ぶ光景は珍しかった。

こうした現象は、最近では、2019年に全英女子オープンで優勝した渋野日向子選手が着用していた「ビームスゴルフ」ウエアが売り切れた状態に似ている。長らく、優勝争いの出来る強いプロゴルファーに着せたウエアが売れるという販促手法が採られてきたゴルフウエア業界。徐々にその効果が薄れてきたと見る向きもあるが、渋野選手などの事例を見る限り、一定の効果はまだあるようだ。

時期は前後するが同時期の2001年に「ヒールクリーク」という新しいゴルフウエアブランドが生まれている。元「アダバット」の主力スタッフが独立して立ち上げたブランドで、ファッション性を採り入れ、特にレディスに力を入れた点が目新しかった。主戦場は百貨店ゴルフウエア売り場で、メンズが主力の市場だった。

メンズのカジュアル着という位置付けが長かった日本のゴルフウエア市場。百貨店のゴルフウエア売り場では、メンズカジュアルと隣接するレイアウトが一般的だったし、今もその傾向は強い。2000年代前半に女性によって新しい切り口を与えられたゴルフウエアが、ファッションとして認識されるようになる“きっかけ”をつかんだと見ることもできる。(続く)